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2018.01
事実は小説よりも奇なり。「かまいたちじいさん」
これは、完全なる実話。
なのに、なかなか信じてもらえないお話。( ;∀;)
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僕が高校生だったころ、同年代の多くは肌が黒かった。
「ガングロ」という言葉が流行し、男女問わず黒い奴が何となく時代の風潮をつかんでいるように感じさせた。今となっては死語となってしまった「コギャル」(高校生のギャル・子ギャル)も、「こげたギャル」と語源を改めてもよいのではないかと思うほど、多くの高校生が日焼けした肌で誇らしげに街を闊歩した。
僕は剣道部という室内の部活に所属していたこともあり、ほとんど日光に当たることはなかった。日常生活でハーフパンツなどを履けば多少ひざから下は褐色になることもあったが、もともと色白であった僕の太ももは、もはや「美白」に近かった。
修学旅行で撮った男子部屋の集合写真は、無駄にみんな上半身が裸。
それぞれ部活で鍛えた胸筋や腹筋を披露していたのだが、みんななぜか服の下の胸や腹、それに背中までもがいい褐色に染まっている。
僕は自分の肌の白さを嘆いた。
いやだ。
僕も褐色のナウい男になりたかった。
そして、夏休みを迎え、僕は近所の市民プールに出かけた。
日焼けをするためだ。真っ黒になって、2学期を迎えてやる。
ただ、僕は分かっていなかった。あまりにも無知だったのだ。
日焼けクリームを塗るなどのUVカットをいっさいせず、ひたすらプールサイドに寝転がり暑さに限界を感じたら25m泳いで体をふかずに日に当たる。それを夕方まで続けた僕の皮膚の遺伝子は、紫外線という見えない恐怖のビームによって完全に破壊された。
僕は、両ひざの裏側と、胸の一部がアトピー性皮膚炎と診断された。過剰に紫外線を浴び続けたことによる完全に後天的な、そして完治の難しいものを呼び起こしてしまったのだ。
幸いなことに、今現在は夏場に異常に汗をかいたりしなければそこまでかゆくはならないし、薬を塗ればかゆみもおさまるくらいの軽度の状態だ。
数年前の夏。連日の熱帯夜で寝苦しい夜が続いた。
少しずつひざの裏側にかゆみを感じ出した僕は、近所の皮膚科に行った。
知識としても経験からも、こういうのはかきむしるとどんどんかゆみが増大し、さらにかいた傷痕が痛みをも伴うようになり、自分で見ても痛々しい状態になっていく。そうなる前に、さっさと病院に行って薬を処方してもらうのが一番なのだ。
夏の皮膚科はとても混雑する。駐車場は入りきれない車であふれ、小さなコストコ渋滞のようにハザードをたいた車の行列ができていた。予約システムがある病院もあるが、このとき僕が行った病院は昔ながらの、待合室で順番が呼ばれるのを待つところだった。
午前9時から診察開始なのだが、車が駐車場に停められそうもなかったので、いったん家に帰り、歩いて再び病院に行った。すでに待合室は満員状態で、立って待っている人もいた。
運よく目の前の人がすぐに呼ばれて席が空き、僕は座って待つことができた。
僕が雑誌を読んでいると、何やら独り言…にしては大きめの声で叫んでいるおじいさんがいた。
「よく見てろ!一瞬たりとも見逃すな!」
ちらっとおじいさんの方を見ると、おじいさんは、朝まで飲んでいたのか少し酔っぱらっているような感じに見える。
おじいさんは壁に取り付けられた大型テレビに、穴があくような鋭い視線を送っている。
つられて僕もテレビを見た。
水族館の特集でイルカショーの様子が流れていた。
「何やってんだ!そこだ!そこで写真を撮るんだ!それがお前たち飼育員の仕事だろ!!」
・・・ちがうよ。苦笑
「よし!そうだ。それでいい!」
え!? 撮ったの???と、僕は思わず笑いそうになったが、決して表情には出さなかった。
それは周囲の他の順番待ちをしている人たちも同じだった。
この病院の出入り口は自動ドアではない。
一人の患者さんが、診察を終えて会計を済ませ、カラカラとドアを開けて出て行った。
ドアの一番近いところには、小学4年生くらいの男の子。そしてその隣にはさっきの独り言のおじいさんが座っていた。よく見ると、その男の子とおじいさんは顔が似ていると言えなくもない。この子の付き添いできたおじいさんなのかな、などとする必要もない推察していたとき、
「……貴様、ドアが開いていることに気づかんわけはあるまい。なぜ何もしない。その頭は飾り物か?貴様に大脳はあるのか。よく考えろ。」
じいさんは、小さい声ながらも凄みのきいた強烈な言葉で男の子に話しかけた。
しかし、それに無反応な男の子にしびれをきらしたのか、おじいさんは静かに立ち上がり、こう言った。
「その干からびた小さな大脳にも、今のこの現状をどうするべきか分かるはずだ。」
超こわい。
もはや風格は、エドワード・ニューゲート “白ひげ” そのものだった。(尾田栄一郎『ONE PIECE』)
しかし、男の子は完全にノーリアクション。
あえて、じいさんと目を合わせないようにしているのだろう。完全に横を向いてしらんぷりしている。なかなかの神経、いや、じいさんはいつもこんな調子で、孫であるこの子としては、もう慣れているということなのだろうか。
「足が動かないというなら、その足は必要のないものだ。俺が切り落としてやろうか・・・」
じいさんは、腕をゆっくり耳の横あたりまで振り上げた。
ちょ、ちょっと待て。
殴るのか?
おいおい!?
僕だけではない。待合室の視線を一身に集めたじいさんの背中に、「ちょっと待ってください!」という声が発せられるより早く、じいさんの手刀が斜めに空を切り裂いていく。
「かまいたち!」
え?
じいさんは、「かまいたち」という掛け声とともに自分の左腰のあたりまで斜めに腕を振り下ろした。
一瞬の静寂の後、僕の隣にいたおばちゃんが「ぷ」と小さく笑った。おばちゃんと目を合わせた僕は、じいさんに気づかれないように顔を少し下に向けながら声を出さずに笑った。
男の子はさすがに言うこと聞き始めて、無言で立ち上がってドアをしめた。
「そうだ。それがお前の仕事だ。」
・・・ちがうよ。
何にしても待合室はほっとした空気と苦笑いに包まれた。
しばらくすると、その男の子が名前を呼ばれた。診察室に入っていく。
つきそいのかまいたちじいさんは、再びテレビにいろいろ小言を言っている。
男の子が診察室から出てきた。じいさんとは何の会話もしない。
しばらくすると、男の子は薬をもらって一人で帰っていった。
Σ( ゚Д゚)・・・えっ!?
じいさん!
あんた、つきそいじゃないの!?
見ず知らずの子に「干からびた小さな大脳」とか…。
もうびっくり。僕は手で口元を覆いニヤけてしまいそうになる顔を隠していた。
その後、少しずつ空席ができ始めた待合室の中を、じいさんは転々と移動していた。相変わらず何かブツブツ言っている。
でも僕は、このじいさんは口は悪いものの、特に誰かに危害を加えたりすることはなく、そのあたりの線引きはちゃんとしている人なんだなと思うようになった。
しだいに、じいさんが何を言っても僕は気にしなくなってきた。
だが、僕が雑誌を取り換えて、もともと自分の座っていた位置に戻ったとき、じいさんを気にしないわけにはいかないことが起きた。
じいさんが僕の後ろをついてきて、僕の目の前に座ったのだ。
あからさまに移動するのも失礼だよなと僕はその場を動かなかったが、僕は別のことに気がついてしまった。
じいさんは、僕ではなく、僕のとなりにいた赤ちゃんにモンクがあったようなのだ。
赤ちゃんは、「わーわー」泣いていて、それがじいさんにはうるさいらしい。
ここは病院なのだから、健診でもないかぎり何か身体に異常があって来ている。その異常を伝える手段が、赤ちゃんには「泣く」ことしかないのだ。
それをテレビの音が聞こえないだの、公共の場での作法がなっていないだのと自己矛盾したことをブツブツ言い始めた。
「黙らないというならその舌を切り落としてやろうか。」
( ゚Д゚)は?
…さすがに僕はイラッときた。
じいさんは、また “かまいたちのポーズ” をしている。
おそらくじいさんがこの赤ちゃんに危害を加えることはない。だが、ちょっと言いすぎだしやりすぎだ。
その赤ちゃんのお母さんは、赤ちゃんを隠すように抱え、何も言い返さずにじいさんに背を向け身を震わせている。
看護師さんを呼びに行こうか。いや、そんな時間はない。
僕しかいない。
この赤ちゃんと、お母さんを救えるのは隣にいる僕しかいないのだ。
僕は雑誌を椅子に置いて、ずいっと立ち上がった。
「ちょっとやりすぎじゃないですか?」
僕は、じいさんの肩に手を触れた。
すると、じいさんはササッと半歩下がり、僕との間合いをとった。
そして、ゆっくり正面で両腕をクロスした。
・・・・・・・
来る。
アレが来る。
次の瞬間、じいさんは叫んだ。
「バリア!」
かまいたちじゃねえのかよ。
おわり

西川 賢(Ken Nishikawa)
株式会社カレッジ代表取締役
学習塾カレッジ塾長
真面目なのかふざけているのか分からないちょっとくせになるエッセイブログ「教科書が教えないリアル」を不定期更新。生徒に言われた「元イケメン先生」の「元」を取り払うべく絶賛減量中。教育でも美容でも、多くの人の「自分磨き」を応援したいので、ひそかにエステも開業したいと思っている。
興味関心/好きなこと
・海釣り
・映画(邦画)
・脂肪吸引
・お寿司、横綱ラーメン